2010年8月25日水曜日

夏の収穫

夏が続いていて、まだ終わらない。
でも、この場所は、植物のせいなのかとても涼しいです。

残暑がきびしくても、太陽は傾き
お盆を過ぎて、作物は確実に変わってきています。

相模半白瓜はもうすぐ終わり。豊作で、
種取りをしました。
来年も同じようにこの畑で育てて、
またおいしく食べられるといいな。


ナスと、満開になっているマリーゴールド。
ナスは毎日、炒め物になったり、ピザになったりしています。
とれたては、生でたべてもおいしいです。



今取れる作物は、おくら、花オクラ、ゴーヤ、モロヘイヤ、ラムズコート、
シソ、赤シソ、バジル、つるむらさき、アシタバ、トマト、ゴーヤ、サツマイモのつるも
結構おいしいです。

おくらの花はお浸しにたり、つぼみは、
とても繊細で、そのまま食べるのが最高においしいです。

全部取ってすぐ食卓に。




今年はじめてのむかご。収穫してむかご玄米ご飯にして
食べました。
すごく、うまかった。

秋まきの野菜の種まきもはじまって、
新しく、一緒に畑を手伝ってくれる人も増えました。
一緒に、じゃがいもや、ラッキョウを植えたり、
苗を作って、きゃべつのたねまきしたり。
きっと秋には、みんなで収穫できるかな。

庭仕事をした後に、一緒に食べるご飯がおいしい季節。
秋の収穫ができるように。

人と、植物と、海を眺める庭で。

9月にもオープンデーをしようと思います。
今は、ホーリーバジルがたくさんできていて、
またお茶を楽しんでもらえると思います。

2010年8月19日木曜日

先週末はオープンガーデンをしました。
来てくださった方、本当にありがとうございました。

オープンデーの前、うまく育たなかった植物や、枯れてしまったハーブなど、
広い庭を見渡しながら、自分の至らなさを感じて、
世話をするには、広すぎる庭だと、
ちょっと、呆然とここを眺めていたのですが。

オープンデーで、来てくださった皆さんに庭を案内しながら
植物の話をしていたら、
それでもがんばって、いろんなもの、それなりに、育っているなと
再確認して、すこし元気になりました。

そして、一緒に畑をしたいという方も来てくださって、
本当にうれしかったです。

デイビッドもみんなもありがとう。
秋はここで出会った、植物が好きな人と一緒に畑がんばります。

また来月もオープンデーするつもりなので、
畑や庭に興味があって一緒に何かしたい方に
ここに、来ていただけたら嬉しいです。

やっととれたズッキーニと、胡瓜、





ズッキーニは、種から苗、苗の植え付け後には、テントウムシ騙しに虫食われまくり、
生育が遅れてしまいました。それで、
今年梅雨の時期に花を咲かせてしまい、受粉がうまくいかずに
なかなか大きくならなかったのですが、
やっと大きなズッキーニができました。
種から育てて、何度も枯れそうになったので、
実をつけてくれて、すごく、うれしいです。



藤沢のでぐファームさんからいただいた、自家採取の種で大きく育った花オクラ。
薄い黄色のきれいな花が咲きました。庭で、ドレスを着て踊っているみたいです。



ゆでで酢醤油などで味付けして食べるのもおいしいそうですが、
生でそのまま食べても、すごくおいしい。
本当に、感動的に美味しい。
庭で一人、感動していました。




島とうがらしも大きくなって来ていました。
明日は、落花生の花が咲いたので、その下草を刈るのと、
種まき用の土を作って、ブロッコリーや、ケールなどの種まきを
しようかと思います。
ナスも大きくなってきているので、
追肥して、収穫。なすの間に、キャベツの苗を育てて
定植しようとおもいます。
hatake-netu 再発。がんばります。














2010年8月15日日曜日

屋根の上で眠る

昨日の夜、海からの風が吹く、屋根の上に眠った。

風の吹く音、木々の音

栗の樹の葉っぱの間から、星が光る

いろんな虫の鳴き声。ちのちゃんと一緒に眠った。



明るくなるころ、夜と違った虫が鳴きだす。

光が音のトーンを変えていく。

グラデーションのなかで、光を受けていのちが動き出す。



初めて屋根の上で眠った。


生命を識ることができるのは、生きている間だけなのに
いつも
いのちの音を、聴きのがしていた。



そとで眠る そとで眠る
朝、太陽が昇る。

いつも聞きのがしていた、光。




屋根の向こうに海が見える。







ハスはお盆を過ぎて、盛りも過ぎた。もう庭に赤とんぼが飛んでる。
照りつけるような暑さは過ぎたので、
キャベツと、レタスの種まきをした。





池のクワイが大きくなってる。来年は、ハスを。


庭に、手折ることができない、色彩。
美しさが宿って、摘み取って、グラスに飾ることが
できなかった。
今日はオープンデーで、庭の開放日。
秋の畑作業を一緒にできる人と出会えますように。





2010年8月9日月曜日

旅のこと

タオスプエブロのパウワウというお祭りに行きました。



アルバカーキから車でサンタフェの北、2時間ほどのところ。
タオスは、インディアンの部族の中でのもっとも北に位置しています。

パウワウのお祭りは、タオスプエブロのほかにも、
いくつかの部族が、3日間ダンスを競うお祭りで





大きなドラムを、数人で囲み、歌いながら奏でるリズムに合わせて、
渦になって、美しい飾りに身をまとい、踊り続けます。


抑揚のある、繰り返しのリズム。
渦を巻く円をたどる踊り。砂漠に照りつける太陽と土ぼこり。

モカシンの靴がいのちの抑揚を。

フリンジのついたストールが、空へと舞い上がり
雲と風のような踊りが続く。




さまざまな鳥のようダンス。
体にまとわう鈴が、大地を蹴るたびに振動する。

ドラムと、歌声とそして歓声。

いつか聞いた彼らの歌、その震えるリズムは
今か、昔か、そのはるか以前か
以前に必ず、立ち会ったことのある記憶に
私をつなげてくれた。


踊る喜びと、人と大地と自然ととともにある
存在とともに。



タオスまでの道のりは、乾燥した大地
植物の少ないこの地でも
今の季節、ホワイトセージが一面に広がっていた。

空の青と、雲、大地の赤、そしてセージの緑。
それだけの色。
砂漠に近い、気候には、それに適応するいのちが生息するけれど
日本のような、湿潤で豊饒な命の森に比べて

私の、いのちが、
外にさらされている。

「それ」
とのつながりのちがい。

豊潤ないのちの中にいる森と
いのちの少ない砂漠と。

この土地は、
ウランがとれることで、
今でも原子力の研究所や、冷戦時代から
スターウォーズ計画の、人を殺しあうための装置を
研究開発するための施設が作られている。

インディアンが昔から
自然に畏怖を持ち、たたえ、寄り添い、
頼ってきた大地は、
奪われて、土地を掘り起こし、
人を殺していくための装置を作るためのものへ
搾取する「国」によって変換されていく。

それでも太陽は注ぎ、
人は生き、彼らの伝統を伝え、
タオスプエブロは外部に開かれてないように、
守っていく。

ここでは、より貴重な
自分の血、汗、そして、セージの香り。



タオスインディアンの居住地は、今では世界遺産に登録されていて
国が決めた居留地として、
電気、ガス、水道のない暮らしを、この居留地では続けている。






聖なる川の流れで、この砂漠地帯に緑が茂り、
この川の源のブルーレイクから、
私たちが生まれ、そして死んでいくとそこに帰ると
タオスプエブロの人とは信じてる。

いまでは、観光客が訪れる場所になってしまったけれど、
タオスプエブロは、あまり外に心を開くことなく、
彼らの伝統を
外部に開かず
守り続けている。

この旅では
浅葉先生と一緒に子供たちと旅をすることで
タオスプエブロの長老と、娘である、マリーレーナさんとの
素晴らしい出会いがあった。

パウワウのお祭りに、
チベット仏教の、ラマ僧がダラムサラからここへきて
砂曼荼羅を奉納した。
その曼荼羅を、最後に、聖なる川に祈りとともに流した。

その川のほとりで、
マリーレーナさんが浅葉先生と子供たち、
女性だけの私たちを、もてなしてくれた。

火を囲み、彼らと共に食べ笑った。

彼女が私たちに、
チベットの僧とも話したが、私たちは
地球の反対側にいるけれど、同じだとわかる。

日本の学者が、私たちと日本人のDNAのパターンが
同じだと言ったけれど、そんなことを言わなくても

私たちは同じだと、わかる。

この場所はふるさと。
私たちはつながっていて
大地とこの地球とつながっている。
そしてともに、ここにいる。

私のいのちが絶えたとしても、
タオスプエブロの伝統と、子供たちとのきずなは
離れることはないし、この交流は変わることはない

満天の星空の下、子供たちと一緒に
みんなの心がつながって、ひとつになりました。




どこまでも広がる草原と
その先には、聖なる山。
午後の陽ざしのなかで、聖なる川で水浴びをして、
見上げた空。



ここに来たかったのは、
DHロレンスがタオスに農場を作り、移住したから。
二十歳のころから、いつか、タオスに行きたいと思っていた。

それは私にとって、
本当のパラダイスで
自然とつながる近寄りがたい場所だった。

ロレンスは誤解されていると思うけれど、
産業革命以後の、19世紀初頭のイギリスから
近代文明を批判し、自分、そしていのちの
人間本来の姿を美しいものとして表現していった。

パラダイスとしてこの地にひかれたことを
タオスで彼の描いた油絵を見て、思った。


時期は違うけれど、
ジョージアオキーフも、
サンタフェ近くに移り住んで、
よく、ロレンスのランチを訪れていた。







サンタフェでオキーフの美術館に行ったときに、
オキーフの晩年の、雲の絵を見た。
雲の、その先にあるものを







子供たちと一緒に、
サンタフェの民俗博物館に、
インディアンの歴史を見に行った。

その時に、ウイチョール族の特別展が開かれていて
アーティストである、シャーマンの親子と話しをした。

彼らの絵は美しい色の毛糸や、ビーズを使って、
儀式や大切なことを絵や工芸品にして表現している。

シャーマンの父とその息子である、彼と話をした。
彼はすでに絵を描くが、シャーマンになるには、
まだ早く、自分の準備ができたときに、
4週間の修業を経て、シャーマンになると教えてくれた。

シャーマンは、心の目を持っていて、
患者の、体の悪いところを見ることができる。
ともにジャーニーに連れて行って、そこから戻ってくることで、
悪いところの本当の理由を理解し、
そして、その人に必要な、薬草を、花だったりレイシのような
きのこなどをつかって、直していく。

儀式には、ペヨーテを使うが、それは興味本位で
扱われるものではなく、自然とつながるためのものだ。
人は生まれてから、お金や経済や教育によって、
50%ほどしか本当の世界を見ることができななくなっている。
でも儀式をおこなうことによって、100%本物の世界を
見ることができる。

彼はまだシャーマンにはなっていないけれど、
ジャーニーをすることは11歳のときからはじめて
シャーマンであるというのは、その旅に人を誘い、
ナビゲートし、ともにこちらに帰ってきて、本来の癒しを
行うことにある。
いつか近いうちにその4週間の修業をするという。

その儀式に見たビジョンが
ウイチョールの絵に託されていた。







タオスの
聖なる川に、太陽が降り注ぐ。
そして私たちの上にも。

鎌倉に戻ってきて、
やっと仕事もひと段落して、
今日から、ナワールガーデンの世話に戻ります。












2010年8月1日日曜日


旅から帰ってきて、あっという間に夏になってしまいました。

暦の上では、もう秋の気配。コスコスが咲き始めました。


旅の間、ずっと開けていたけれど、りっぱななきゅうりが育っていて、
まいにち、きゅうりがたくさん取れます。


くさは生い茂り、雨が降るととんでもないくらいの藪になるけれど

すいかも実がついて、大きいものは、わたしの手ぐらいになりました。

タオスの旅については、写真が現像できたら

伝えます。

インディアンのお祭り、ドラム、ダンス、キバ、

砂曼荼羅を流した聖なる河、聖なる山とその奥にあるブルーレイク、

「Flying to the paradise」というロレンスが残した油絵、

ウイチョール族のシャーマン、オキーフの晩年の空の絵、

奇跡の砂のあるチマヨ、子どもたち。サンタフェ

夏本番。14日に葦船に乗るワークショップをする予定です。

興味のある方は、鎌倉に。

2010年7月9日金曜日

あしたからタオス

マロウのやわらかくて、白い花が咲いた。
指でつまんで、葉と花を食べる。


*  *  *


週末、みんなと集まって、
ナワールガーデンで
見田先生を囲んで
竹の庭で火を焚いて
庭の草を食べた。


一緒に住むことだけが、
共同体でもなく、

ただここに、
ナワールガーデンに、集うことで
こころのバンドはできる



咲き乱れる紅い花。
アジサイと一緒に、みんなが集う、
テーブルに飾った。
いままではずっと緑。
時期が来て、急に紅く咲き出した花に
この色が、ずっとここに、花を咲くために
準備して、在ったことに、
驚く。
突然景色を変える色
驚きと共に、顕在化する赤い花。
でも少し前から、このはなのつぼみは準備していて
明らかになる前に、観察していれば
緑のなかに、すでに赤がある。
そして土の中の根や種にも、
この赤の色は、すでに在った。
  *   *   *
ずっと一緒にいなくてもいい。
いのちがほとばしる瞬間に、
静かに、竹の庭に、
顕在化する、いのちのかがやきが集えれば
いつもは緑の中
種の中に
新芽の緑の中に
薄緑のつぼみの中に
その赤の色は見えなくても存在している

ナワールの竹の庭で
紅い炎の火を囲み、草を食べ、土に座り
雨を感じ、交感しあう、いくつかのこころ。
離れていても、
みえなくても
たとえ一緒にくらさなくても
顕在化せずも、
ここにある。
いつか時を経て、貝の火のように、
また共に紅く咲く機会が
きっと在るはず。
その紅い
「とき」を内在する
今日を
わたしひとりじゃなくて、
いつでも、
生きてる。


先生が帰って、
みんなが海に遊びに行った。
私は、龍平くんの蚊帳をかりて、
窓をあけて一眠りした。





みんなが帰って、
又集うとき
伸びた庭の草は
又景色を変えるだろう。
セントジョーンズワートの花。
西洋オトギリソウは、うつ病のくすり。花が咲く時期は
薬効がたかまる。
桃がなった。
桃に為った。


*  *  *

昨日、庭にいて、
今日から、ずーっと行きたかった
タオスに旅行に行きます。

プエブロ族の住むところで、
「今日は死ぬのに良い日」の、
青空が広がるところです。


DHロレンスが、最後に過ごした場所
理想郷の場所に今日から行きます。

「島を愛した男」を経て
ロレンスは鳥や牛を飼い、農園を仲間と共に共同体を
タオスで、作ろうとしました。

そのタオスのプエブロ族のお祭りに
行ってきます。

また庭に帰ってきます。
ナワールガーデン、
わたしを
待っててね。

2010年7月2日金曜日

数日の休暇

仕事を休むことができて、
4,5日、ナワールガーデンで、時間をすごすことができた。

梅雨で雨で、憂鬱なときもあるけれど、

ときたま日が差す庭は美しくて、

蚊やいろんな虫に刺されて、うんざりすることもあるけれど

毎日違うガーデンの作業と

みんなとの時間はたのしくて、

4日間があっという間に過ぎた。


きゅうり、
黄色いかわいい花が咲いて、小指の先ほどの
小さいきゅうりができていた。

下から5段目までの花と脇目をとると、実つきが
よくなるので、
小指ほどのきゅうりをそのまま齧った。



はじめてのきゅうりは、産毛があって、
大地の水の味。


朝、目が覚めた。
  *  *  *



毎日、いろんな人が来る。
ここに泊まりに来たみんなと
一緒に、海に行った。




こどもも一緒だった。


私は前の日の疲れが出て
海に溶けた。



  *  *  *
毎日
増えすぎた虫を殺したり。


雑草を取ったり、
パンを焼いたり、


収穫したり


雨に悩んだり。



満月の日に収穫したどくだみ。


花が満開だった。

この時に収穫すると薬効が高い。
小さい頃、隣のおばさんが毎日、どくだみを煎じて飲んでいて、
飲んだときに、ひどく苦かった思い出がある。


でも乾燥させて、
レモンバームの生葉と一緒にお茶にして飲んだら
おいしく飲めた。


このお茶は
梅雨の時期には、体のむくみをとってくれる。


毎日新しい、ハーブティーのブレンドができる


  *   *   *



満月の次の次の日の夜、
みんなで蛍を見に行った。
ここから歩いて、住宅地を抜けて、


自然森の中へ。



月明かりで、一人だったら、さびしいところ、
みんなで、一緒に歩く。


どこに蛍がいるのか、
わからなくて、1時間ぐらい森の中を歩く。


私が歩くと、
鳥が驚いて飛び立つ。
狸みたいな動物が、横切ってく。
夜は、人が来てはいけない場所に
みんなで


泥濘、谷に下りていく。


小道が開けて、漆黒の空。
水が流れる、小さい川の水の音。


月明かりに照らされた、谷間には、

かえるの声と、森の声がする。



湿った空気
今日は風がない。



ほたるのひかりが、揺れていた。



谷間の群青色を深くした夜の闇に

小さく振動しながら


光が浮かんで、点滅して、消えた。


いくつも

いくつも


みんなでそこに包まれた。


写真に記録することもできない。

言葉で伝えることもできない。




この湿った、
繊細な振動の輝きは

たとえ、私がこの世にいなくなっても

たぶん、時間と空間を越えて、
どこかで、

続いてる



蛍は、森を異化させて、


人がよるには入ってはいけない、漆黒の森と


いま、生きている、私たち

そして
いつか生まれては死んだ、たくさんの「self」と

こだまのように、よびあい、


蛍がくるときだけ、みんなを、


ここに、つないでくれる。



鎌倉は、ほんとうに、不思議な場所。



   *
けいこさんの手に、森をあるく最後まで
、ずっと蛍が乗っていた。



昨日の朝、
ナワールガーデンの竹やぶが
小さい笹と、藪からしで、荒れていたから。


ずっと無心に、ひとりで
竹を刈る。
人が庭と共存するために。
大事な仲間と


大地と、いのちと、社会のことを考えるために。


大切なことを
語り合うために。